思った通り、その人はそこにいた。 下校していく生徒もちらほら見える星奏学園の校門のところ。 まだ練習中だったのだろう、近くに彼の相棒であるトランペットが夕陽を反射してキラキラしている。 校門の前にその姿を見つけた瞬間、香穂子の中で溢れそうになっていた感情が零れだした。 口許が自然とほころんで、花が咲くように笑う。 そして。 「和樹せんぱーーーーーーい!!!」 「えっ!?」 力一杯叫んだ物ものだからお目当ての火原以外の人も結構振り返ったけれど、生憎香穂子には目の前の目標たる人物しか目に入っていなかった。 びっくりした顔で振り返った火原に、香穂子は一直線に飛び込んだ。 「うわっ!?か、か、香穂ちゃん!?」 なんとか無事に受け止めたものの、香穂子から飛びついてくるなんていう珍しいシュチュエーションに火原はプチパニックになる。 「ど、どうしたの!?」 「先輩、先輩せんぱーい!!」 問いかけの答えきゅーーーっと抱きつかれて、火原はますます訳が分からず目を白黒させる。 とはいっても、取りあえず抱きついている香穂子の様子が悲しそうなものとかそういうのではなくて・・・・むしろ嬉しくて嬉しくてしょうがないとにじみ出ているほど嬉しそうだから。 「何か良いこと、あった?」 「はい!」 勢いよく答えて香穂子は顔を上げた。 抱きついているわけだから、それはもう近い距離に火原の顔があって、それだけで走ってきて弾んでいるのとは別の鼓動が聞こえる。 きっと顔は自分でもわかる位だから満面の笑みに違いない。 だってこんなに体中に溢れてる『嬉しい』を一番先に、一番大好きな人に聞いてもらえるのだから。 さすがに話しにくいので少しだけ離れて、香穂子は火原を見上げると言った。 「実はヴァイオリンの鈴木先生にコンクールの時、私のヴァイオリンが一番よかったって言われちゃいました!」 それを聞いた火原の目がくりんっと丸くなる。 「ええー!?それってすごいよ!!鈴木先生ってあの厳しい先生でしょ!?おれ、しょっちゅう怒られてるよ!」 「そうなんです!私も練習室とか音楽室とかで弾いてると、通りすがりに未熟だ、練習不足だって怒られてたんですけど、今日、練習室で練習してて出てきたら鈴木先生がいて、『コンクールの時、一番技術がなかったのは君だが、一番心に響く音を奏でていたのも君だった』って。」 「すごい!すごい!!」 「わっ!」 すごいと言いながらぎゅーっと抱きしめられて香穂子は思わず声をあげる。 けれど一度抱きしめて離れた火原の顔は、香穂子に負けず劣らず満面の笑顔だった。 「すごいよ!香穂ちゃんの音、やっぱりみんなに届いてたんだね!おれには誰より一番届いてたって思ってたけど、あの鈴木先生までだもんな。なんかおれが嬉しい!」 「和樹先輩・・・・」 弾むように言われて香穂子の方がなんだか照れてしまう。 そして、やっぱり一番に言えてよかったと思う。 練習室であの厳しかった先生から褒め言葉をもらった時、真っ先に頭に浮かんだのは火原の顔だった。 叫び出しそうな嬉しさを一緒に感じて欲しくて、だから一生懸命走って探して。 きっと一人で噛みしめるよりも、ずっとずっと嬉しくなると思ったとおりだ。 香穂子は手を伸ばして火原の両手を握ると、大好きな瞳を見つめて微笑んだ。 「和樹先輩のおかげです。先輩がいたから、コンクールであんなに頑張れて褒めてもらえて・・・・先輩がいるからこんなに嬉しい。 その・・・・大好きです、和樹先輩。」 「香穂ちゃん・・・・」 ああ、ここが校門前でさえなかったら・・・・と、火原は頭を抱えたくなった。 ここが校門前でさえなかったら、いくらだって抱きしめて、いくらだってキスしたのに。 だって好きな女の子に一番嬉しかったことを一番に分けてもらえるなんて、嬉しくないほうがどうかしてる。 しかも自分がいるからもっと嬉しいなんて言われたら。 「・・・・無自覚なんだろうけどさ。」 「?何か言いました?」 思わずぽろっと零れた呟きに首を傾げる香穂子に、火原は苦笑した。 「ううん、なんでもない。」 首を振って火原は握られていた両手を逆に握り返す。 「ね、香穂ちゃん。」 「はい?」 「おれが嬉しい事があったら、きっと一番に香穂ちゃんに言うよ。きっとおれも言いたいって思うから。」 「はい。」 「だから、香穂ちゃんもまた嬉しいことがあったらおれに教えて?二人で喜んだらきっと二倍だよね!」 「はい!」 元気よく頷いて花が咲くように笑った香穂子の顔を見たら、やっぱり我慢できなくて。 こつんっと額を合わせたのを合図に。 香穂子がそっと目を瞑った。 ふれ合った唇は互いの気持ちを解け合わせるように優しかった ―― 〜 END 〜 |